ちちのち
自分は一人で勝手に大きくなったような気がすることがあるけれど
“自分”を形成しているものは、親である。
そして、彼らの血で作られている私は、当たり前だけれど
半分が『親』で半分が『私』です
私は、実際には中学生になるまで、父と私が違う人間なんだということに
あまりしっかり気付いていなかった。
両親は世界の全てで
父は全てのルールだった。
でもある朝、突然私は父と別個の価値観を持つ1つの人間だということをと自覚しました。
自立が芽生えたのです。
父は真面目で堅実で、まっすぐな正しい道を行く。
私は、小さい頃から、レールに乗りたがらない“やくざ”な女の子でした。
本質的な私は、父がいなければ、どこまでも落ちていくタイプの人間です。
羽目は外そうと思うえばどこまでも外れる。
そんな私が、“真面目だね” と言われることが結構ある。
私は、 絶対 真面目ではない。 100%違うと言い切れる。
いつも適当な言葉だと思い、聞き流していたけれど、
最近、私の一部は、父の“真面目”で出来ているのではないかと感じている。
そういえば小学校も、中学校も一度も休んだことはない。
生徒会だって、学級委員だってやったし
バレーボールだって、毎日 辞めたい、辞めたいって泣きながら、練習は休まなかった。
(加えて全国大会まで行った)
嘘をついたりしないし、勉強だってそこそこは頑張った。
外回りに行ったってサボらないし、赤信号だってわたらない、命令は絶対だし
金融業界で10年勤めた、十分“堅い”人間なのだ。
私はずっとそれを認められなかったけれど、
自分の中に“真面目”がある。
それは私自身ではなく、父のものだけれど、
(血や遺伝子ではなく、教えや、価値観かもしれない)
自分の中に“父”を感じる。
そして、半分“父”で出来た 私を含めて、私自身なのだ。
今頃気付いた。
私は “一部” 真面目な人間です 笑
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