れいらさんの日記

海外でゆるく生きてます。つれづれと書いていくだけの日記

生産性の落とし方


茶のみ友達の大学の先生がチューリッヒの学会から帰国し、

開口一番で

“日本の閉塞感についてどう思う?”と尋ねてこられました。

“震災後の自粛モードについてですか?”と聞きかえすと

どうやら先生が言いたかったポイントとは違っていたらしい。




要約すると下記↓

日照時間が長いせいもあるけれども、ヨーロッパ人は仕事が終わると人々は町へ繰り出し
ビールを飲んだり、友人と語らったり、道路に面したカフェでお茶をしたり
とにかく日々の終わりを楽しい気分で締めようとしようとしている。

それに対して日本は、街に人っ子一人あるいてない。
それがここは都会じゃないという事は関係ないと思う。
皆とにかく家路を急ぎ、家に帰り静かにしている。
閉じ込められているような気がする。

ということでした。





私もフィリピンから帰ってきた直後、同じことを感じました。

日本人は生産性を重視しすぎるために、いつも時間を管理しています。

明日の生産性を最大限に発揮する為

仕事が終わればいち早く帰り体を休め

明日も死ぬほど頑張る。

そんな生活を

毎日、毎日、毎週、毎年

永遠に




私が最近ふと疑問に思うのは

私の人生、そんなに成長し続け行って、この先どんないい事があるのだろう?という事。

給料が上がり、外食するレストランのランクが上がって

年に一度の家族旅行が温泉からハワイになって、車が国産から外車になって

そんな物の為に今日も家に早くかえり、家族の団欒もそこそこに体を休め

成長を求めているのかな










被災地への支援にも、日々疑問を感じます

“頑張ろう日本!!”“頑張ろう東北!!”

声高々に、アイドルやサッカー選手は叫び続ける。

言われなくても被災した人々は、十分に頑張っている。

明日はもっと今日よりよくなるはずと信じて、努力し続けている。

最近はそれが痛々しくて見ているのがつらい。

震災の復興は大切だけれども、

みんなで歯を食いしばり、頑張っていち早く元通りに復興することが

何よりも大切なことなんだろうか・

前に進もうとさせ過ぎている。

経済の為に、復興は必要だけれども

かならずしも経済の成長が

“人々の幸せ”に直結しているのだろうか。








私たち日本人にもっと必要なの事は

日々、今の幸せと向き合うことなんではないだろうか?







客観的に日本人を見ると

本当に気の毒な民族にも見えます。







フィリピンに居たある時期、毎日、毎日カフェに行き

朝から晩まで通り沿いの席に座り、人を見ていた事がありました。

カフェにいても、何をするわけでもなく、勉強しようとか、人と語ろうとか

酒をのんでストレスを除き、明日もがんばろうとか

ガツガツと考えてはいなかった。

何の生産性もない時間だった

時間があるからボーっとしていた。したいからしていた。

あとから思うと、

幸せとはああいう時間をいうのかなとおもう。




そのときに、その通りを毎週末、朝から晩まで

ずーっと行ったり、来たりしているフィリピン人が居ることに気づきました。

ある時、私はその彼に走り寄り、あなた何してるの?”っと聞いてみた。

“歩いているんだよ”と彼は答えました。

彼にもダイエットとか、列記とした“歩く理由”はなかった。

歩くのが好きだから歩いていた。






発展途上国が発展途上国でいるのは理由がある

成長を誰も求めていないのだ

みんなみんな好きな事をしていた。








私はあんなにフィリピン人から彼らの生き方を、幸せの秘密を学びたくて

幸せになる方法を教えてもらったのに、忘れてしまってきている。






置かれた状態に対する“不満”が“欲望”を呼び、私を“努力”へと奮起させる。

手に入れない限り苦しみが続き

満たされれば満足は得られるが、この時間は一瞬で

また欠乏や不満を感じ、新たな欲望を生む

私は絶えず苦しみの中にいる。







私は日本人であり続ける事をそろそろと諦めようと思っている。

私はついていけなくなっていっている。

もっと自由に生きよう。

心から自由に




今日も一日幸せだったって

心から思えるように










下記は有名なコピペです。




メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、

「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

すると漁師は

「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。

旅行者が

「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと

漁師は、「自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だ」と言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」と旅行者が聞くと、漁師は、



「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」


すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。


「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」

と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」


「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。 どうだい!すばらしいだろう?」