じいちゃんの怨念(笑)
じいちゃんが死んでから
明日はじいちゃんの5年祭、親戚であつまってご飯を食べる予定です。
と、昔の書類の整理をしていたら、一発目でじいちゃんが死んだ日に書いた日記がでてきてびっくり。。。そのときの気持ちを思い出せよ!っていう
じいちゃんからの怨念を軽く感じます(笑)
以下
日記を書けなかった理由はもうひとつあって
9月に母方の祖父母が同時に倒れました。
二人とももう長らく病気で、
おじいちゃんは入退院を繰り返していましたが、ガンが首の後ろに転移し、手術が出来ず治療をやめ
先々週亡くなりました。
おばあちゃんは18年前、脳梗塞で倒れ、ずっと療養型の老人ホームに いましたが
祖父の癌が転移して、あとを追うように2度目の脳梗塞で完全に寝たきりになりました
弟から祖父の死の知らせを聞いたとき
今日から、わたしの人生にこれからずーっとおじいちゃんがいないという事実が苦しすぎて、立っていられませんでした。
積み木の大事な部分をひとつ引き抜かれた見たく、一瞬で音を立てて崩れていくような。
いそいで帰国し、上野駅でいつものようにおじいちゃんに“お土産”を買おうとおもったとき
今日から“お供えもの”なんだなと思ったら、電車で号泣してしまいました。
今まで生きてきた中で一番悲しかった。
涙がずーっととまりませんでした。
祖母は倒れたあと、寝たきりになり、今は口の閉じ方も忘れ、空ばかり見ています
病院で危篤の祖母の手をにぎったとき
わたしは生まれてはじめて、自分の命を削ってもいいから、引き換えでもいいから祖母に回復して欲しいと願いました。
18年前に倒れてから、リハビリを一生懸命がんばり、少しづつ歩けるようになってきたのに酷いものです
おばあちゃんは、“ごっくん”が出来なくなってしまったので
もう物を噛んで食べることができなくなっていました。
うまく話すことができないので
“きょとん”として私の顔を見つめるだけのおばあちゃんを見ながら
不思議だなあと思いました。
よだれを拭いてあげたり、ほっぺをプニプニしたり、手をにぎってみたり
32年前、私が生まれた時におばあちゃんが私にしてくれたことを
今はおばあちゃんいにしてあげている
わたしは赤ちゃんの頃、おばあちゃんにそうしてもらった事を覚えているのだと思います。
だって誰にでもそうしてあげたいと思うわけではなく
また、血のつながりがあるというだけで、愛してるわけでもない
たぶん私を愛してくれたから、愛している。
私のおとうさんはいつも忙しく、おかあさんは年子の弟がすぐ生まれて大変だったので、
わたしはさみしいときはいつも祖父母の家に行き甘えていました。
小さい頃から、わたしはいつか おじいちゃんと、おばあちゃんが先に死ぬんだと考えただけで
怖くて泣いていた。
ついにこの時期がきてしまった。
彼らの惜しみないほどの愛情と手間を受けてわたしはここまで大きくなったのに
私がおじいちゃんに返せた事は本当に少ない
これからも私がおばあちゃんにしてあげる事も、してあげられる時間も本当に少ない
彼らから受けた愛情は、大事な宝物みたいに心の奥にずーっと残っていていつも私を支えてくれる
でも子や孫が、祖父母や両親に返せることは本当に少ない
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