れいらさんの日記

海外でゆるく生きてます。つれづれと書いていくだけの日記

永久帰国組

日韓夫婦の知り合いの6~7割が、家族(もしくは母子)での永久帰国を視野にいれてきた。あくまで私の周りでの、私の体感のお話ですが・・

原因はコロナにより日本人コミュニティが断絶されたことが大きいです。注意注意深く、真面目な日本人主婦たちは遠慮し、誘いずらくなり集まれず、とても仲の良い友人とも気軽に会うことが困難になりました。
自分が外国に住んでとても強く思うのが人間は群れで子育てをする生物で、家族と友人と親せきと離れては雌は生きていけない、ということ。
動物園の動物が子育てを放棄してしまうのが本当にわかる気がする。子育てがあまりにも辛い。人間も生まれ育った場所や群れを出るのは生物学的に間違っているのだと思う
家族や親せきもいない、この外国で同じ境遇の友人だけが心の支えだったのに。

そうなると、夫婦の関係にしわ寄せがいく。
旦那さんに対する期待値がものすごく上がってしまいます。

自分の寂しさや、子育ての大変さを旦那に理解してもらいたい。助けてもらいたい。
でも多分男の人はそういう女性の気持ちは全くわからないし、女性の願望を満たすには旦那さんはあまりにも無力。戦力外。そいういう意味では仕事ができない。

そういう能力は最初からプログラミングされてないんですよね・・神様が入れてない。
出来ないことを求めてもしょうがないんだけど・・。

例えば主人は私が落ち込んで泣いていると、何もいわず、映画やゲーム持ってくる。
たぶんそういう時間が本人は最上の癒しなんだろうけど、わたしその時間もすごく苦痛。
気分転換は美味しいものを食べたり、旅行したり、おしゃべりしたりがしたい。

彼は絶対に家から出ないマン。合わないわ・・。今後の人生この人しか頼る人がいないのって辛すぎる。
旦那に多くを求めてもしょうがないんだけど、こっちも今全く余裕はないし、もれなく友達もいないし、本当にどうしたらいいの?っていう感じです。

たぶんこのコロナ禍でも、家族や本当に昔からの幼馴染や友人がいたら、乗り越えられたかも。
気軽にさそって、まあだいじょぶだよね、掛ったらその時はその時、お互い様だよねといいながら、お茶でも飲んだりできたかもしれない。

でもやっぱり韓国で知り合った友達は新しいし、失敗したり変な噂が立った場合、代替のコミュニティがない分、すごく気をつかってしまう。一度やばい人だと名前がでてしまったら、引っ越ししても一生逃げられない。

せまい韓国だから、みんな誰かの友達の友達だから。そういう面でもすごく緊張する生活を強いられてる。

そういうのがたまり溜まって、皆、少しづつ小爆発を起こしてしまったのかもしれない。
そして年齢によるものも大きい。
自分の周辺年齢層は、子供が小学校にはいり、通学や留守番などできるようになり、シングルになってもなんとか一人でも生活がまわせそうな年齢だ。
何とかなりそう、という希望が見えてくる。再就職などを考えるといまの年齢がギリギリ。
子供の言語の適応、学力将来などを考えるなどもギリギリ。

実際には夫婦仲がめちゃ悪くなって帰国する人は少ない。みんな糸が切れた凧みたいふ~っと日本に帰っちゃう。離婚はしてない人も多い。    
若いうちは、強い愛を持って、決心を固めて、気力も体力もあって、忍耐もあって、ここでがんばるがんばると言い聞かせて頑張る。今よりももっとよくなると信じて。
でも10年を過ぎると、また見えてくる世界も変わって、ここで頑張ってもそんなにいい事あるかなあとか、旦那だけでなく義実家も本当にストレスを与えてくるし、自分の韓国語が伸びれば伸びるほど問題も複雑になり増えてくる。

加えてここ最近のNO JAPAN運動により日本人は本当に肩身がせまい。子供のいじめも怖い。
精神的にも健康でいないと、自分の気持ちが暗闇に飲み込まれてしまう。

でもそこで耐え抜いて生きてる先輩方でも、韓国でキラキラしてる日本人、あまりいないなあ。みんな逃げ遅れて、諦めて、段々と笑顔が少なくなって、子供の為に献身的に生きてる人がほとんど。

自分はどうしたいのかわからない、主人とは一緒にいたい。いまでも好きだし、何より娘から父親を奪うというほどの理由にならない。

でも私はどうしたらいいの?ここで笑顔なく住んでいけばいいのかな?もう自分の人生終わったかな。ここで生きていく突破口が見つからない。勉強が好きだったのになあ・・。何かの学校にいってるだけで幸せだった。韓国コミュニティに入り、打ちのめされて、立ち直りに時間がかかり、段々起き上がれなくなあってきた。

とりあえず、健全な肉体に健全な魂が宿ると信じ、雨じゃない日は毎日2時間登山をしている修行僧です。

「心頭滅却すれば火もまた涼し。」


悟り開けそう・・

私は透明な顔の無いニンニ

毎日心がカラカラです。
たぶん客観的に見たら自分は幸せなほうなのに、幸せを感じるアンテナがなくなったみたい。

世界が暗い。真っ暗。
朝起きて、行きたい場所もないし、会いたい人もいない、家から出たくない。
自分が透明の殻の中で生きているみたいな気がする。

何でだろう。在韓日本人みんなそうなのかな。ってか今は世界中みなそうなのかな。
最近は、誰とも会わな過ぎてみんなの事がわからないや。世界と遠く乖離して生きている。

自分は自由に動けるはずなのに、自分で殻をつくって閉じこもっている。

動物園の動物になった気持ち。まさにミスチル先生が言ってたように

“知らぬままに気づいてた檻の中でもがいてる”。

 

仕事を始めたけど
数か月でギブアップ。やっぱり仕事続けていた方が良かったのかな。

でもコロナで子供の学校が止まったり、オンラインになったり、始まったり、塾が止まったり、もう何もかも管理しきれないので自分が家にいることにした・・・。

うん、小1の壁は大きかった。


旦那は思いのほか稼いでくれてるので、私が“生きがい”とか言い出して、旦那と子供に時間や諸々しわ寄せがいくよりも、私が家に居るほうが合理的な気がして。

主人は仕事があるし、娘も学校があるから、二人とも最低限の人とのコミュニケーションをとれている。
でも私は何故か、コロナという言い訳で人と会うのも、ジムにいくのも学校いくのも自粛してしまう。
少し動き出そうとすると、またロックダウンになって、何度も何度も出足をくじかれていたら、人と会いたくなくなってきてしまった。

大丈夫?わたしは大丈夫なんだろうか?
私は、結婚してからずっと、自分の場所じゃない場所で生きている気がする、

ここは外国で、至極当たり前だけれど、フィリピンの時はまた違う。

合わない人々、合わない仕事、何をやってもどこにいっても行き詰って息ができない。
壁にあたる、手詰まり感。

 

何なんだろう?
手を伸ばせばどこまでも自由なはずのに、いくらでも好きなように生きていけるはずなのに。

ここはわたしには牢獄みたい。

これは何なんだ?


旦那は優しい、いつも私に羽を与えようとしてくれる。

でも飛べとはいわない。
飛べなくて泣いたり、プレッシャーを感じないように、ただ見守ってくれる。

仕事をしろともするなとも言わない、趣味を持てとも持つなとも言わない。
何かやろうとすれば応援してくれる。

お金を使ってもいいから好きなこと見つけてほしいという。

でも、何だろ、子育てであまりにも自分を犠牲にしてきたツケがついに溜まり切ってしまった。心が壊れたのかも。
ずっとやりたいことを我慢したり時間をセーブしてきてるうちに、感情の何かが壊れてしまった。

やりたいことが出てこない。行きたいところも会いたい人もいない。

私は大丈夫なのだろうか?

 

正気を保てているのだろうか?


子育てが原因っていっても、旦那や娘に出かけるなと言われたわけでもない。
そういう子育てをしたいと思ったのは私のやりたい事だったはずなのに。

母親の呪いかな、自分で自分を呪ってる。

自分で自分の首を絞めて、苦しい苦しいと言っている。
自分で首を絞めているのに手を緩める方法がわからない。
いつも”誰か助けて”って心の中で叫んで泣いている。

何故?
頭のねじが外れてしまったのか、それとも多すぎるのか。

とにかく蛇口は壊れていて、もう、一滴の水も出てこない。

喉はカラカラなのに、何も飲みたくない。

 

私は自分をどこに置いてきてしまったのだろうか?

 

自分らしさの塊だったあの頃とは別の人生を生きてるみたい。
私は今、こう生きようと決めてこう生きてるのかな?

それとも誰かにこう生きろとプログラミングされて生きているのかな?

誰に??

子育ては成功している。娘は優しくて真面目ないい子に育った。
私は?

私は自分の何かを削って子育てしたのだろうか?

削るべきじゃなかったのだろうか?
親とは皆そうなのだろうか?
わからないけど、この10年で失った自分の輪郭がもう見えない。

 

ムーミンに出的来たニンニみたい。ニンニは、ムーミンに出くる女の子。
自分を殺して偽っていきてきたら、透明になってしまった女の子。

ニンニはムーミンたちに出会って、自分の心を取り戻していくんだけど、顔だけは戻らなかった。最後にニンニが“強い怒り”を表したした時に、やっと顔が戻る。
ムーミンたちはとても喜んで、もう何処にも行かないでね、とお願いするお話。

私に必要なものは怒りかな。怒れば自分の顔を取り戻せるの?


でも誰に何に怒ればいいの?

 


そもそも怒る元気もない。

主要国の娯楽

五輪は大反対でした。オリンピックのおかげで今回も帰国を諦めざるを得ませんでした
ただ、始まってしまえば、元セミアスリートだった青春時代の記憶がよみがえり画面にくぎ付けになってしまいます。

ただ、改めてオリンピックっていうのは、主要国の娯楽なんだなあと思いました。

アスリートに対し、娯楽というのは失礼な表現だけれども、戦争や飢餓がある国は当然一般の人がそんな事してる余裕はないし、韓国やシンガポールのよう国民が総力を挙げて経済をけん引しないといけない小国も、一般人の裾野までスポーツをする余裕はない。

韓国に関しては、子供の頃どんなにスポーツが好きで才能があっても、おそらくその道に迷いなくまっすぐ進める子はほとんどいない。

スケボーや野球が好きでたくさん練習してる子がいたら、間違いなく勉強しろ、塾へいけと、父母、祖父母、総がかりで叩き潰される。学校でも注意されるとおもう。

いまテレビに出ているスポーツ選手たちはどういう経路を得てスポーツ選手になれたのか、どこで練習してたのか、10年住んでいても全く想像がつかない。

そんな場所ないし、そんな人たちは回りにひとりもいないから。

もちろん、野球、サッカー、バトミントン、クラブもないことはないけれど、完全に趣味の位置づけで、将来サッカー選手になりたいという子供も聞いたことがない。

第1に勉強、第2に第3に勉強、第4、第5も勉強、その他の余暇はまあ好きなことをする。
でも、勉強でくたくたになってる子供は、ゲームをしたり、動画をみたりして、ほんの少しだけ休む。これは小学生から高校生までずっと(幼稚園生も同じです)

昔住んでいたアパート、(日本でいうと集合団地のようなもの)はバスケットボール場があった。

真夜中の12時くらいに、ボールの音がアパート中に響きわたり、騒音といえば騒音だったかもしれない。でも文句を言う大人はいなかった。

その高校生の男の子たちが、朝6時から夜の10時まで学校で勉強していて、その時間しかお友達と遊ぶ時間がないのをみんな知っているから。
特別な子どもたちではありません。
ほぼ8割以上の韓国の高校生の生活だと思います。もちろん、10時以降もおうちでお勉強をします。

幼稚園の頃から、「医者・弁護士・薬剤師・教師・公務員」を目指す事を親に強要され

夢を見る暇もなく全力で走り続ける。大学に入ったら、男子はつかの間の青春を味わい、すぐに軍隊へ。大学中も英語や資格取得で必死になり日本の大学生とはまた違う。

もちろん、オリンピックの選手たちも幼少時から英才教育を受け青春も何もなかたんだろうけれども、スポーツは喜びもあり、仲間もできる。

韓国の若者はやはり気の毒でならない。